起業・創業

2016年9月14日 (水)

所属業種変更

10月3日より
卸売業  →      情報・通信業
会社が変わるわけじゃないのですが。
10年も掛かりました。
2006年6月26日に上場しました。
その少し前の20006年5月18日の14時15分過ぎに私の携帯がなりました。
本当にお客様に訪問していて、その玄関に入る寸前でした。
電話 「証券コードが決まりました3042で卸売業です。」
私   「・・・・・・・・・・・・・??  なぜですか、セキュリティの運用サービスで収益を上げてるのですけど?」
電話 「物販比率が50%を超えてるので卸売業です。」
私  「インターネットで物を販売してる会社が情報通信業で運用サービスで収益を上げている弊社が卸売業って納得できないです。」
電話 「業種は状況に応じへんこうされます。」
私  「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・解りました。」
て、やりとりをした記憶があります。
セキュリティ運用サービスを提供したいと創った会社が15年たって上場の業種も「情報・通信業」になれました。
会社が変わるわけではありませんが、少しうれしい気持です。

2016年8月21日 (日)

15周年

昨日で創業15年になりました。

株主様、得意先、パートナーや仕入れ先、当初はVCや金融機関、また一緒に働いてくれているメンバーや元社員等、関係いただいた方々のご支援がありき続けて来る事ができました。
あらためて感謝いたします。


企業向けにセキュリティサービスを提供し社会に役立つような会社になりたいという思いで起業し15年間、一貫して「セキュリティサポートサービス」を提供し続けてこれたという事は私の選択は正しかったという思いと、成長を目標に上場させていただき資本を頂いたんですが大きな成長が出来なかったのは反省する部分でもあります。
今日から16年目のスタートです。
15年間の垢や埃もらしますが、もう一度気持はZEROからのスタートで、良い資産を活用しながら成長に向けて頑張っていこうと思います。
今後ともご支援を賜りますよう、お願いいたします。

2014年8月19日 (火)

創業記念日 2014

本日 8月20日は 当社の13回目創業記念日です。

13年前に
「収入が無いんであれば、費用を使わないのが最大の収入だ。」
なんていって、自分たちで法務局に申請に行ったのが懐かしく思います。
弊社の株主の皆さま、お客様、仕入先様、弊社メンバーの皆さんやその家族の方々、関係各社の皆さま、元社員の方々。
この間、様々な人に助けられながら、お陰様で、14年目のスタートをきれます。
感謝いたします。

2011年2月 4日 (金)

転職か転社か

サラリーマンが会社を替わる事を転職って言います。

転職活動をするって言いますよね。

で、同じ会社で勤務地が変わると転勤って言います。

私は起業するまではサラリーマンでしたのでこれが常識でした。

聞いた話なんですが、お医者さんは、勤めてる病院が替わっても転勤って言います。

お医者さんという仕事は職業ですから病院が替わっても医師は医師のままです。

職業は変わっていませんので正しいと思います。

彼らは高校を卒業するとき将来を決めて6年間も専門に勉強して覚悟してその仕事についている。
そして過酷な宿直などの勤務をして、すごく沢山の給与をもらえるわけでもない(成功している開業医は別かも)環境で頑張って、患者のために仕事をする職業です。

改めて考えてみるとサーラリーマンや会社勤めという職業はありません。

自分のやっている仕事に義務や責任、プライドを持って働いてるんでしょうか。

結果がでなければやめます、合わなければやめますなんて人もいる甘い世界のような気がします。(皆が皆がそうでは無いと思いますが。)

僕も会社員のころは甘い部分もあった気がします。



就職なのか就社なのか?

転職なのか転社なのか転勤なのか?

お金をいただくということは「プロとしての意識を持たないといけない。」というのを

感じさせる。 お医者さんの一言でした。

2011年1月19日 (水)

24H7Dへの道 2

おそらく2003年の1月の時点では私も含め役職員全員で12人しかいなかったと思います。
技術は8名だったと思います。

24時間のサービスを提供するためには、最低でも4、5名は採用してシフトメンバーを10名にしなくてはという感じだったと思います。

ターゲットを4月からの24時間サービス開始と設定して、なんとか1月活動を開始し2月くらいから新しいメンバーが入社してくれ研修を開始しはじめました。

実際には4月仮24時間サービススタートでシフトを6組12名でスタートしました。

(5月1日が正式24Hサービスインでした)

それだけのコストを掛けて24時間体制をスタートしましたが、当初は大赤字になることは明確でしたので、本当に勇気がいりました。

でもスタートできたのはお客様の某通信事業者さんのサービスを開始するのは24時間サポート体制が必須でしたので、そのお客様をサポートさせていただく事が思い切るトリガーでした。

今もサービスさせていただいてますのでありがたいことです。

でも最初は月額数十万円からのスタートでしたので、本当に不安な状況からの24時間サービスのスタートでした。

2011年1月18日 (火)

24H7Dへの道

2003年になって新しいオフィスでサービスを提供し始めました。

お客様に24時間サービスを提供できる電源などのオフィス環境は整いました。

次はサービスを提供できるメンバーの募集を進めなくてはなりませんでした。

実際に24時間サービスを提供するためには1日が3倍の人員が必要です。
また土日を含めると3×7/5で4.2倍の人員が必要です。

実際には法令の問題で夜間は2名以上での勤務体制が必要ですのでその倍の人員を要します。

それなりの人数を必要とし尚且つ技術的に対応できるように教育していく必要もありました。

早速1月より「リクナビ」や職安などで募集を開始しました。

新しいチャレンジのスタートでした。


2010年11月 1日 (月)

最初の採用

一期目がなんとなく黒字での着地が見えかけてきて、投資育成さんからの出資が見えたときに将来に向けての採用をしようと考えました。

私のポリシーとして従業員はすべて自社の社員として採用したいと考えていました。
会社の成長は社員の成長にリンクしているし、将来を考えたら苦しくても教育しながら全て社員でサービスをカバーしたいと思っていました。

この考えは今も同様に思っています。
一時的に派遣とかを使うという手段もあるとは思うのですが、会社を皆とともに成長させたいという気持ちは変わっていません。

という事で、2月くらい職安に求人をだしました。並行して新卒の採用の活動をしました。

結果2月位に2名採用しましたが1名は1日か2日で仕事が難しいとやめたと思います。

また、新年度の4月1日に4年生のコンピュータ専門学校の新卒を2名と知人の息子さんを
1名採用しました。

2002年4月からの新年度は創業時に5名プラス4名で9名でのスタートになりました。

私を除くと倍のメンバーでです。

創業時も給与を払っていかないといけないという責任と将来の事などいろいろ考えましたが、それとは違う緊張と責任を重く感じたのを思い出します。

2010年10月22日 (金)

十人十色

今週は今年の新入社員と話す機会が結構ありました。

当社としては初めて10名という新卒を採用したわけですが、本当に十人十色といいますがいい色を出し初めてくれてます。

社会人として半年、何色にも染まっていない真っ白の状態からのスタートでした。

壁に当たってる人。それぞれが目標や思考なども違うので、その壁の高さも種類も違います。

自分の中で考えて考えてもという努力している人、同期と比べてという人、先輩の価値や思考に感化されての人、大して考えてない人、仕事は覚えたけど、思考は変わってない人、本当に楽しみです。

来年も今年以上の新入社員が入社してくれる予定です。

何か会社としてののびしろが増えたようで楽しみになってきます。

頑張らないと”って身が引き締まります。

2010年8月27日 (金)

会社のお化粧 ???

出来たばっかりの会社(それもシステムセキュリティの支援を提供)が、少しでも世間に信用をしていただくために、出来るだけ公的な認定を獲得し活動して行こうと思っていました。

それらを全員か揃い本格的な活動をする前に受けておこうと、法人立ち上げ時の事務処理などをしながら行いました。

まずは、事務所ですが大阪市のベンチャー支援施設である財団法人大阪市都市型産業振興センターの運営する島屋ビジネスインキュベータ(SBI)へ入りたいと思いチャレンジチしました。

事業内容・事業計画書など申請書関係の提出をし書類審査を受けて施設や市の職員の方々、大阪市大学の先生の前で面接審査を受けました。

「大丈夫だ入れる」という私の思い込みだけで、結果が出るまで他の事務所は探しませんでしたので、ドキドキして待っていたのを思い出します。結果的に入居が認められました。

皆が集まる10月1日に間に合い9月28日位から家具を入れさせていただきました。

次は大阪府のベンチャー支援事業であるテイクオフ大阪21の認定です。
これも申請書類を8月に出しました面接は9月か10月にあったと思います。
大阪府の施設であるマイドーム大阪に事務所があり、受付でITの分かる方が居られる曜日が決まっていてその曜日に行きました。

結果、1回目では指摘もあり訂正して翌週に持って行って受理されました。
その時に「貴方みたいに2回で受理したの初めてです。」言われたのを思い出します。

国の認定(たぶん中小企業庁だったと思う)である中小企業創造活動促進法の認定も申請書を書いて窓口に持って行き2回で受理されたと思います。

久しぶりその書類を見てみたら、現在もそれに近いビジネスをやってるなあという安心と
その書類に書いてることの方がやはり理想だったなあと懐かしく思えます。

自分たちの事業の柱にして行こうとしているログに関して特許のを申請です。

その当時はビジネスモデル特許というのも流行していましたので、それも含め特許取得しておきたいと
いう思いで何度か弁理士と打ち合わせして出願書類を作成して提出しました。

10月1日のセキュアヴェイルとして5名での本当のスタートは、大阪市の施設である島屋BIに事務所を置き、大阪府のテイクオフ大阪21の認定と、国の中小企業創造活動促進法の認定の目処もついて、事業の柱であるログに関する特許出願申請も行いで、少しは格好の付くかたちでスタートする事ができました。

2010年8月25日 (水)

事業計画について

事業計画は会社を運営していく上で重要だと思います。

その時々のゴールという目標の設定が無いと、目標が達成できたかどうかもわかりません。

これまで書いてきたように、起業して色色なことを決めましたが、その前に事業計画が有るのは当然のことだとは思います。

ただその通りに成らないから事業は難しいんですけど。

私もサラリーマン時代から何度か事業計画を立ててきましたが、キャッシュフローを考えなくて良かったの点など、甘い計画だった気がします。

実際に当社を設立する時も私なりに真剣に考えて売上計画・経費計画・採用計画・収支計画などの事業計画を立てました。

起業前に当社の事業計画を昔からの知合いだった某上場会社の社長と管理系の取締役に見ていただきました。

その時にそちらの会社の事業計画を見せていただき、私の計画を元にレクチャーもしていただきました。

実際にその内容からすると私の事業計画の稚拙さを思い知らされました。

教えていただいた事をベースに事業計画を再作成したもが当社の本番の事業計画書になりました。

その事業計画をベースに経営や資本政策も行いましたし、今も経費計画などのベースとして使用されています

今から思うと本当にラッキーな話でこの社長は私(当社)の恩人の一人です。

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